地域と歩んで80年。
変わらぬ安心とあたたかさが、
世代をつなぐ。
中央牛乳といえば、赤パック。
世代を超えて地域の人々に
親しまれてきました。
これからも、毎日の食卓に
「ありがとう」と共に、
中央牛乳を届けていきます。
美味さの理由
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1
地域で育まれた、安心の原料
中央牛乳に使うのは、愛知を中心とした地域の酪農家さんが育てた生乳。地域の牧場から届き、酪農家さんの顔が見える関係だからこそ、育てた人の想いも感じられる牛乳です。
「顔の見える牛乳」として、子どもから大人まで安心して飲んでいただけます。 -
2
地域だからこそ、届けられる早さ
中央牛乳の牛乳は、朝に牧場で搾乳された後、そのままタンクローリーで工場へ。牧場と工場が近いので、運ばれてすぐに受け入れ・加工が行われます。
移動や保存に時間をかけないからこそ、できあがった牛乳はすぐに地域のお店へ届けられます。この流れが、変わらない美味しさにつながっています。 -
3
ひと手間かけた、安心の製法
中央牛乳では、いくつもの酪農家さんの生乳を混ぜ合わせています。
そして、殺菌の前に余熱をかけることで、牛乳特有の匂いをやさしくととのえています。検査員が実際に飲んで何度も確かめ、基準をクリアした牛乳のみをお届けしています。
このひと手間で、気になる匂いを抑え、小さなお子さんから年配の方まで、すっきり飲みやすい味わいに仕上げています。
酪農家インタビュー
インタビューを見る地域とともに歩んできた、
赤パックの歴史
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1937年 中央製乳株式会社設立
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1938年 生乳の買い取りを開始
世界恐慌で蚕や桑の産業が衰え、農家が苦境に立たされた時代。
「牛なら地域の農家を助けられるのでは」という想いから、わずか1頭の牛から生乳の買い取りを始めました。 -
1951年 牛乳の製造をスタート
地域の酪農家さんから集めた生乳を、牛乳に加工。
「地域で育てた乳を、加工して地域に戻す・消費する」これが、中央製乳が大切にしてきた、「地産地消」の原点です。 -
1957年 学校給食に採用
子どもたちの学校給食に牛乳が並ぶようになり、子どもたちの健やかな成長を支えてきました。
そして、世代共通の思い出となり、「給食で飲んだあの味」は今でも多くの人の心に残り続けています。 -
1971年 紙パックの導入
従来のびんから紙パックへ切り替わり、持ち運びや保存がしやすくなりました。家庭でも手に取りやすくなったことで、赤パックはますます日常の中に広がっていき、暮らしに欠かせない存在となっています。
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1938年 生乳の買い取りを開始
世界恐慌で蚕や桑の産業が衰え、農家が苦境に立たされた時代。
「牛なら地域の農家を助けられるのでは」という想いから、わずか1頭の牛から生乳の買い取りを始めました。 -
1957年 学校給食に採用
子どもたちの学校給食に牛乳が並ぶようになり、子どもたちの健やかな成長を支えてきました。
そして、世代共通の思い出となり、「給食で飲んだあの味」は今でも多くの人の心に残り続けています。
昭和46年、紙パックの導入をきっかけに「赤パック」として地域に広がっていきました。
赤いデザインは一目でわかる工夫から始まりましたが、いまでは愛称のように呼ばれるほど親しまれています。
環境への取り組み
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地域での循環で、CO2削減
地域の牧場で搾られた生乳を、近くの工場ですぐに加工しています。
工場と販売店も距離が近いため、輸送に余計なエネルギーをかけず、CO2排出の削減にもつながります。 -
森林に配慮した紙パックを使用
パッケージには、管理された森林の木を原料にした紙を使用しています。
持続可能な資源を選ぶことで、使う人にも地球にもやさしい牛乳を届けています。
地域への取り組み
中央牛乳は、プロバスケットボールチーム「三遠ネオフェニックス」を応援しています。
地域の子どもたちやファンに夢を届ける活動を、これからも支えていきます。
再現レシピ
みんなの思い出に残る味わいを、
もう一度食卓に。
中央牛乳を使った「再現レシピ」で、
あの日の味を楽しんでみませんか。
史料提供のお願い
中央製乳にゆかりのある方、
または中央牛乳にまつわる史料をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、お話をお聞かせいただけないでしょうか。
お預かりした史料やお話は、中央製乳のこれまでの歩みを伝える社史や写真集などで、大切に紹介させていただくことがあります。その際には、可能であればお名前もあわせて掲載させていただきます。
皆さま一人ひとりの思い出が、次の世代へと受け継がれていくよう、お力をお借りできましたら幸いです。